千葉マリアは子宮頸がんに!長男は薬物依存で父はなし。館山市に施設を!

千葉マリア

元アイドルとして活動していた
千葉マリアさん

壮絶な過去を経験し
今現在はそういった体験をしたからこそ
できる仕事をなさるようになりました。

マリアさんはなんと
生後4か月で父親が亡くなり
母親の手で育つことになります。

シングルマザーのお母さまは
多忙であり
そのためマリアさんは
親の愛情というものを知らずに
育つことになりました。

20歳で結婚し
21歳で長男の十枝晃太郎さんを出産。

しかし彼女は芸能界デビューし
23歳で出した歌「恋は波まかせ」が
大ヒットして多忙な歌手となりました。

千葉マリアさんの元夫について

これがきっかけとなって
離婚することに。

売れっ子清純派歌手であったこともあり
長男の存在は隠すことに。

36歳の時に
仕事で知り合った
松方弘樹さんと愛人関係になり
後に俳優活動をする
十枝真沙史さんを出産することになります。

松方さんとの間に子供が生まれたことは
マスコミにより報じられて
歌手活動に黄信号がともる
ことになりますが

千葉さんは実力があったこともあり
仕事こそは続けていくことが
できました。

そんな彼女が40代半ばになった1995年秋に
体に異変が・・・

 

がん

子宮の奥深くが痛い感じがしていて
その原因はストレスによるものだと
最初は思っていました。

しかし痛みがあまりにもひどくなり
意を決して産婦人科に検査にいくことに。

医者は最初はがんではないと思うと
いったようなことをいっていましたが
5日後の検査結果が出たときは
無情にもがんと告げられることになります。

千葉さんは最初からがんではないかと
おもっていたこともあり
大きな驚きはなかったそうですが。

世田谷区の国立病院で再度検査し
ステージ1の子宮頸がんであることが判明。

3カ月後に手術となりましたが
なんとキャンセル!

嫌な予感がしていたそうで
その後方位学に詳しい人にいろいろと聞くことで
千葉の鴨川の病院での手術を
選ぶことになりました。

もしかしたら人生最後になるかもしれないと
思っていて
その病院から見える海がきれいだったこともあり
そこで最後を迎えようといったことを
思ったらしいですね。

最後かなと思ったときは
こういった心境になるのかもしれません。

広汎子宮全摘術を受けたことにより
射線治療や抗がん剤治療をする必要はなくなり
術後入院1か月くらいで退院することになりましたが

残念ながら後遺症に悩まされて
つらい闘病生活となりました。

最初は排尿障害がやってきて
今までできたことができなくなってしまった事実に
苦しみ
そして更年期障害のようなものもでてきて
苦しむことになります。

一番大変だったのが
声が変わってしまったことです。

ハスキーボイスがかわいい声になってしまい
歌手生活も終わりかといえる状況に
なりましたが

千葉さんが長年の歌手生活で培った技術を駆使して
ステージではなんとかしっかりと
歌うことができたといいます。

自分がプレイヤーとしてずっとやっていくのは
難しいと判断し
教える側としての仕事に
シフトもしていきました。

術後2年がたった時には
リンパ浮腫を発症。

引っ込んだり出たりといった状況が続き
術後7年目には
とんでもなく悪化することに。

そこには長男のことが
あったといいます。

 

長男

長男が14歳の時に
松方さんとの間に次男が誕生。

思春期の晃太郎さんは
ものすごくショックを
受けてしまいました。

家では部屋に閉じこもるようになり
親子の会話もなくなっていきます。

彼はのちにニューヨークに渡り
ディスクジョッキーの修行をすることに。

彼に会いに行ったマリアさんは
厳しい暑さの中で彼の元までいくことで
体調を悪化させてしまいました。

その結果みたものは
修行からドロップアウトして
重度の薬物中毒に陥った長男でした。

彼は36kgまでやせ細ってしまい
歩くこともままならないくらいに
衰弱してしまっていました。

変わり果てた長男を見て
心身とも疲れ果てながら
帰国。

息子を救うために心理学所を読み漁り
薬物依存症になる人の原因が
家庭環境にあることを知ります。

長男の人格を無視したような接し方をしていた
自分の行動を反省し
彼を更生させるために奮闘します。

世田谷区の精神病院に1カ月入院させましたが
退院後にまた薬物に手を出してしまいます。

今度は練馬区の病院に3カ月の予定で入院させるも
病院との関係がうまくいかずに
退所させられることに。

その後
ダルクという薬物依存から抜け出すための回復施設に最後の望みをかけて
沖縄にあるダルクの施設に入所させ
依存症を脱出させることに成功します。

こうした体験から
同じように困っている人を
助けたいと思うようになり
身内に薬物依存者がいて
苦しんでいる人たちを集めて
家族会を開きます。

勉強会の主宰やカウンセリングの仲介、
自宅に依存症の女性を預かり
回復の手助けをするなどして
今では千葉県の館山で、
女性専門の依存症回復施設
館山サーズ」を運営するまでになります。

主宰者は
依存症を克服したあと
米国で回復支援プログラムの研修を受けて、
資格を得た長男、
十枝晃太郎さんです。

次男の真沙史さんは
施設長をしていて
家族一丸となって
依存症の方々を
日々助けています。

苦しんできたからこそ
苦しんでいる人の気持ちがわかる、
この家族だからこそできる
人助けといえますね。

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