萬谷康平の嫁美佐や子供・父親について。戦力外後の進路の就職先はどこか。

萬谷康平の嫁美佐や子供・父親について。戦力外後の進路の就職先
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横浜DeNAベイスターズに所属していた
元プロ野球選手で
異色の経歴を持つ
萬谷康平(まんたにこうへい)さん

戦力外通告を受けてしまい
野球以外の道に
進もうとしていらっしゃいます。

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画像引用:http://www.livenan.com/archives/9038990.html

簡単に経歴を見ていきましょう。

生年月日は1987年8月28日であり
出身地は大阪府大阪市東成区。

実は中日ドラゴンズ所属の
平田良介選手とは自宅が2件隣であり
幼馴染でありました。

少年野球チームも2人は一緒であり
小学生時代は関目ジュニアスターに、
中学時代はボーイズリーグ大阪北に所属することになりましたが
高校は別々のところに進学します。

平田選手は大阪の強豪大阪桐蔭高校に、
萬谷さんはこれまた大阪の強豪である
阪南大学高等学校に進学しました。

高校時代は甲子園に行くことなく終わってしまい
大学は系列校の阪南大学に進学することになりましたが
ここでも全国大会出場は
かないませんでした。

その後シティライト岡山へ入部するも
登板機会がないまま1年限りで退部。

翌年ミキハウスREDSに入部し
2012年の都市対抗予選で、
企業チーム・ニチダイ相手に好投することで
注目されることになります。

チームは予選で敗退となるものの
萬谷選手は日本生命の補強選手に選ばれることに。

本戦ではチーム3試合目の
準々決勝で先発マウンドに立ち好投。

翌年は大阪ガスの補強選手に。

第38回全日本クラブ野球選手権大会では
準優勝におおきく貢献することになりました。

2013年プロ野球育成ドラフト会議では、
横浜DeNAベイスターズからの2巡目指名を受けて
契約することに。

最速149kmの速球と多彩な変化球を持ち、
育成ドラフト出身選手の
新人年での初勝利を上げることに。

東北楽天ゴールデンイーグルスの宮川将選手以来、
史上2人目の快挙を成し遂げることになりましたが、
その後成績は振るわず
2016年に戦力外通告を
受けてしまうことになります。

 

家族

父親の和彦さん
大阪府立布施高校野球部監督を
勤めていたことがある高校教師をしている
かたでした。

野球を始めるきっかけをつくったのは
お父様の影響だったそうです。

康平さんは高校大学と
活躍できずに
社会人になって2012年くらいに
注目されることになったのですが
その年にはドラフト指名されることは
ありませんでした。

プロ入りをあきらめていた時に
親身になって励ましてくれたのは
お父様であったといいます。

翌年には育成でありながらも
プロ入りすることが叶い、
初勝利を挙げたときは
ウイニングボールを
お父様にプレゼントすることになりました。

心温まる
エピソードですね。

奥様となった美佐さん
同じ大阪府出身であり
馴れ初めを見てみると
2009年から交際スタートと
なっていました。

2012年12月に結婚することになり
小学校教諭をしていた彼女は
退職。

大阪府内で働いていた奥様とは
遠距離恋愛だったそうです。

交際を実らせて夫婦となり
奥様は旦那さんを助けるために
ジュニアアスリートフードマイスター」という
アスリートの食事指導を行う資格を
取得。

学校の教師という安定した仕事を捨てて
自分についてきてくれる奥様のために
頑張ろうとした康平さんでしたが
残念ながら戦力外通告と
なってしまいました。

同じ年に戦力外通告を受けた
西川健太郎さん夫婦
似ているところがありますね。

西川健太郎さんの奥様がかわいいと話題に!

2人の間にはお子さんは
いらっしゃらないようでしたが
奥様を養うために康平さんは
就職活動をすることになります。

奥様は教員になる道が
残されているのですが
旦那さんの就職先が決まらないと
登録ができないようです。

ハローワークに通う日々が続く康平さんですが
野球をしていたころとは違い
ぐうたらな生活を送っているところがあり

過去には「「中居正広のスポーツ!号外スクープ狙います」という番組に出演して
奥様が不安を漏らしていました。

選手時代はストイックな生活をしていたでしょうが
反動でやる気がおきないところが
あるのかもしれません。

おそらく野球関係の裏方なんかに
なりそうな感じがするのですが
まだまだどうなるかわからない部分がありますね。

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