石井勝之をwikiる!経歴やオーエックスエンジニアリングの車椅子について

石井勝之
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オリンピックでは日本のメダル獲得数は
世界と比べるとまだまだな感じがあるようにみえるのですが
パラリンピックでは大量にメダルをとって
日本の強さをアピールしています。

車いすは競技によってはかかせないものになっているのですが
車いす界のポルシェといわれるものを開発しているのが
オーエックスエンジニアリングという車いすのメーカーになります。

その代表取締役が
石井勝之さんですね。

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石井さんは創業者ではなくて
お父様が会社は作ることになりました。

そのお父様は石井重行さんといい
スポーツショップイシイ(現 株式会社M2デザイン研究所)という
自動二輪車の販売会社を作ることになり
それと平行してジャーナリストをしていました。

バイクを試乗していたときに
不慮の事故で脊髄損傷、車椅子生活を強いられることに
なってしまいました。

しかしどの車いすをつかっても
納得できるものは見つからずに
千葉に戻ってハンドメイドで車椅子の製作改良を
していくようになりました。

88年に株式会社オーエックスエンジニアリングを
設立することになりますが
そのときはまだバイクのエンジンの開発をしていたのですが
翌年には車いすをつくるようになり
95年からは車いす開発業へと転換していきました。

勝之さんは高校を卒業した後は
コンピューターの専門学校にいって
パソコン部品を買いに秋葉原によく行くくらいだったといいますね。

家業を継ぐという気はまだ
なかったようです。

ただ将来を考えるときに
人と関わる仕事をしたいと思うようになり
専門学校は中退して父親の会社に入社することになり
新潟の子会社の社長にまでなるのですが
父親からの要請で本社社長に就任となります。

オーエックスエンジニアリング

この会社で作る車椅子というのは
完全オーダーメイドでアフターサービスも充実しています。

工場で同じものを大量生産して
売るというのとは違いますね。

お父様は自分にしっくり来るものがなかったことで
自身で作る用にまでなってしまっただけあり
マニュアルどおりの既製品をうるということは
しないようになりました。

人間は一人一人体格も違い
障碍者といってもどこが不自由かとかいったところは
人によってかわってくるために
一人ひとりにあわせたサイズをつくるには
オーダーメイドしかなかったのでしょう。

基本的には一般人が日常で使う車椅子をつくっていたりするのですが
障碍者の方がスポーツをするための
車いすも作っていて
それのおかげでパラリンピックでメダルラッシュを
実現するまでになりました。

バスケやテニス、陸上競技なんかでつかわれて
その性能は世界で認められることになったのですが
もともとバイクのエンジンといったものを作っていた技術が
車椅子にも生きているんですね。

お父様はバイクを愛してそれにより障碍者となって
ハンドメイドで車椅子をつくるという運命をたどることになったのですが
それまでの人生をがんばっていたから
体が不自由になってもそれが生きてきたということでしょう。

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