高橋惠子の夫や娘の秋山佑奈、孫について。宗教や失踪相手河村季里のことはどうなっていたのか。

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今現在は着物を着てメディアに出演をしたりと
落ち着いた大物の女優という雰囲気を漂わせている
高橋惠子さんでありますが
むかしは大胆な演技で見るものを魅了していたり
スキャンダルに陥っていたりと
いまでは想像もつかない状態でありました。

彼女の家族とかいったものは
どのような感じになっているのでしょうか。

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生まれは北海道川上郡標茶町で
生年月日は1955年1月22日。

実家は北海道で牧場経営をしていたのですが
母牛が亡くなるという災難に見舞われて経営ができなくなり
借金を返済するために
お父様は帯広市で保険外交員に転職、母は住み込みの宿泊業の仕事で釧路市へ
引っ越すことになりその後父の転勤で斜里町に。

お父様は昔は歌手を目指していた経歴もあり
恵子さんを東京という刺激のあるところで育てたいと
考えるようになり東京都府中市へ6年生のときに
引越しすることになりました。

中学生の時にはスカウトされることになって
レッスンに通うようになり高校に進学せずに
大映にはいることになります。

高校生ブルースで普通はなかなかできない大胆な演技をして
鮮烈なデビューを飾ることになるのですが
そういった役を演じていくうちに本当の自分とは違うイメージを
報道などによって一般人に植え付けられるようになってしまい

ストレス過多となって睡眠薬を大量に服薬し、自殺未遂を
図るまでになってしまいます。

一旦女優業を休業して岐阜県の山奥にこもって
きままな晴耕雨読の生活をして精神状態を安定させて
1979年の初夏に復帰すると決心して

すぐに舞台「ドラキュラ」のルーシー役をもらうなど
順調に仕事を再開するかにおもえましたが

なんと今度はタイのバンコクへ逃亡することになってしまいました。
当時若手作家であった今は海外旅行の案内書を編集する
会社を経営している河村季里さんという人と一緒に
逃亡したことで愛の逃避行と報道されることに
なりました。

元プロ野球選手の河野博文さんも失踪騒動をおこしていた!

実際は愛の・・・なんていうようなものではなくて
自身の最後の場所を探しているようなところがあり
下手したら心中していたんじゃないかともいわれています。

世間の目は彼女を大胆すぎる演技をする怪人くらいに
思っていたためにそれに答えるのは
若い彼女にはとんでもない苦痛だったのでしょう。

山篭りで演技から離れて
そこからそういうことをするというのはなかなか難しいことですし
臆病にもなってしまうのでしょう。

しかし屋台で店員が食べ物を一生懸命焼いているのをみて
人に見られるところだけ一生懸命やろうとしていた
自分のこれまでを反省することになります。

人の目ばかりを過剰に気にしすぎていたことが
自分で自分を追い込むことになっていた、
人の見ていないところでも一生懸命やることで
成長して人前でもしっかりと自然に出来るようになると考えてから
帰国を決断して舞台などの損害賠償も払って
自分で記者会見を開き、罵倒される中でもしっかりと謝罪をおこなって

それにより廃業せずに女優復帰を果たして
今の彼女ができるようになりました。

河村季里さんは廃業してしまいましたが・・・

あの大物な雰囲気というのは
こういった修羅場を突破してきた力強さが現れているためなのかと
思いますね。

ちなみに高橋さんは宗教にはまっているという話もあり
過去にいろいろあったので
ありえないことではないなと思いましたが

新宗教団体GLA総合本部の2代目主催者の
高橋佳子さんとの勘違いではないかと思います。

真如苑という多くのタレントさんが入信しているとされる
宗教を信仰しているという話もあるのですが
つながりを示すものはでてこず
ただのうわさとしかいえないのではないかと思います。

家族

旦那さんは映画監督の高橋伴明さんとなりますが
過去には学生運動に参加して大学を除籍されたといったような
過去を持っていたりします。

82年に「TATTOO<刺青>あり」という三菱銀行人質事件を題材にした映画の
監督を務めることになりますが
それでヒロイン役だったのが惠子さんになります。

もし女優を廃業していたら
この結婚はなかったと思うと恐ろしいですね。

結婚したことで関根惠子から高橋惠子となりました。

2人の間には娘さんが生まれましたが
後に女優をすることになる秋山佑奈さんになります。

お父様の作品である「丘を越えて」で、
遊女役で映画初出演を果たした秋山さんはお母様を思い出させるような
デビューでしたね。

ただ本業はドッグトレーナーであり
お母様のマネージャーも務めていたりします。

そして今は結婚もして
2人の娘さん(高橋さんにとっての孫)にも恵まれ4世代8人で東京都国立市に
すんでいるといいます。

孫にダウン症のうわさが!

なかなかの大家族ですね。
こういった生活が出来るのも逃避行のあとに
現実としっかり向き合ったからになります。

時には逃げたくなることもありますが
逃げてばかりだと幸せはつかめないんだということを
恵子さんに教えてもらったような気がしてなりません。

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