森本喜久男をwikiる!がんの余命宣告や家族。カンボジアで活躍

森本喜久男
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日本と同じアジアにあるカンボジアでありますが
自分はどういう国なのか
あまりイメージがわかなかったりします。

アンコール遺跡群があるのは
知っていますが。

このカンボジアですばらしい功績をなしたのが
森本喜久男さんであるのですが
なんと彼はとんでもないハンデを抱えていました。

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画像引用:https://www.studio-yoggy.com/article/article/column/column-20141218/

生年月日は1948年。

出身地は伝統のある京都府になっています。

最終学歴はレイデザイン研究所テキストデザイン科卒業
なっていて
今現在はクメール伝統織物研究所というところに
所属しておられます。

経歴をざっと述べてみました。

彼は中学時代にはいじめを受けていた過去があり
その時の悔しい気持ちを

絵にぶつけていたようです。

油絵画家を目指して
頑張っていたのですが

20歳の頃に結婚をすることになります。

そのころ
自律神経失調症を患うことになり
絵の道に進むのは難しくなっていましたが

23歳頃日本の伝統工芸の一つの手描き友禅に魅せられることになり
地元の友禅工房に弟子入りを果たします。

27歳の頃の1975年に
森本染芸という工房を設立し
見事に独立を果たすことに。

1980年にタイを訪問することになるのですが
バンコクの博物館でカンボジアの絣(かすり)をはじめてみて
魅せられてしまい、
1984年にタイに渡ることに。

タイバンコクに活動拠点をうつし
キング・モンクット工科大の講師を務めるなど活動。

1996年にはカンボジア・タクマオ市に
クメール伝統織物研究所をつくることになります。

 

家族

20歳で結婚した嫁は一般人になり
2人の間に生まれた娘さんがいらっしゃったのですが

30歳の時に離婚することに
なります。

森本さんは行動が普通でないこともあり
普通の女性であった奥様には
負担があったのでしょう。

とはいっても森本さんは別に
間違ったことはしていませんので
仕方がないこととしかいえないところが
あるかと思います。

 

がん

若くして自律神経失調症になった彼ですが
体はそれほど強くなかったのでしょう。

異国の地であるカンボジアで、
壊滅寸前であったクメール織を復活させ
日本でも有名になっていた彼ですが

2011年に膀胱がんにかかってしまうことに。

余命はわずか5年

こんな宣告をされてしまえば
落ち込んでしまうのがふつうであると思いますが
カンボジアという死というものが
身近にあるところで長く住んでいた彼は
そのことを普通に受け入れたといいます。

そして亡くなるまでがんばろうと
心に誓ったみたいです。

日本に住んでいれば
こういう宣告をされたら
なかなか受け入れにくいのですが、

海外に住むメリットかもしれませんね。

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