原節子が小津安二郎と熱愛も破局!恋愛に生き夫子供なく独身

原節子

日本が映画を中心とした時代であった頃に
映画界を支えていき
日本映画が盛り上がる下地をつくっていったのが
原節子さんになります。

1963年に突然引退ということになりましたが
それには熱い愛というものが
ありました。

生年月日は1920年6月17日であり
お亡くなりになったのは2015年9月5日でした。

95歳の大往生を遂げることになりますが
引退(実際は引退を表明せず表舞台にでなくなった)
してからはお亡くなりになるまで
その姿をお見せするということは
ありませんでした。

彼女の代表作は
「わが青春に悔なし」「青い山脈」「めし」「東京物語」
といったものであり

キャッチフレーズは
「永遠の処女」でした。

戦前から女優として活動をすることになりますが
最初は日本がまだ戦争に関わっていた頃でもあり

プロパガンダに使われることも多い女優でした。

映画の内容が戦いのための心構えを植えつける
ものだったりもしていて
彼女のような女優さんはそういうことに
つかわれる立場でもありました。

しかし戦後は戦争も放棄することになり
プロパガンダの呪縛からも解かれることになって

そして名監督である小津安二郎さんの作品に多数出演することになって
女優としての地位を確立していくことになりました。

小津さんは仕事に対してはとても厳しいかたであり
演者にたいしてもそうでしたが
しかし原さんにたいしては
賞賛ぶりがあまりにもすさまじく

いつしか2人は恋愛関係にあるという
噂がたつことになります。

しかし小津さんが1963年12月12日に
お亡くなりになって

それ以降は女優としての活動は
いっさいおこなわなくなっていきました。

小津さんの葬儀のときには
人目もはばからず号泣して

表舞台から姿を消した後も
結婚せず夫や子供もない状態で
独身をつらぬきとおすことになりました。

小津さんも同じ道をたどっていて
2人は恋愛していたとみて間違いないと
多くの方に語られるようになっていきます。

小津さんの作品の中では
自分の魅力が存分に発揮されることになっていて
そういう演出をしてくれる小津さんに

恋心を抱くというのは
当然であるかもしれません。

最終的には死別という形になっていますが
そのまえにすでに破局していたという噂もありますね。

しかし原さんはそれでもあきらめることはできずに
願いがかなう前に小津さんが
なくなったということになるのでしょうか。

年齢差も20以上あり
親子みたいな関係がやっとであったかもしれませんが
原さんは恋人として小津さんと
接したいと思ったのでしょう。

その気持ちは小津さんなきあと
女優活動をまったくしなかったというところに
現れていると思います。

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