湯川れい子の離婚した夫や子供。病気や借金が大!創価学会は関係してるのか?

湯川れい子

今現在は音楽評論家として活動し
作詞家、翻訳家、USEN放送番組審議会委員長、ピースボート水先案内人といった
肩書きをもっていらっしゃる湯川れい子さん

若い頃は女優もしていて
吾妻麗子の名前で活動なさっていました。

1936年1月22日が生年月日であり
出身地は東京都、
本名は湯野川和子(ゆのかわかずこ)といいます。

高校時代から現代俳優協会というところの研究生となり
舞台「未亡人」に出演して
女優としての活動をすることになりました。

女優として別名義で活動していたときに
湯川れい子名義で「CMタレント」として

ジャズの専門誌である「スイングジャーナル」に投稿することになるのですが
その内容が多くの人からの反応があり
同誌編集部員であった岩浪洋三さんから声がかかったことで

インタビュアー、ジャズ評論家としての活動も開始することになり
ラジオやコメンテーターなど幅広く

活躍することになりました。

作詞や翻訳も手がけていくようになり
多彩な才能をいかんなく発揮していくことになります。

家族

お父様は元海軍大佐という戦前では社会的地位の高かった
湯野川忠一さんという方になります。

一族は軍人の中で要職をしめていて
お父様のいとこであった礼子さん山本五十六の妻であり

大叔父は海軍大将の黒井悌次郎さん、
父方の祖父の湯野川忠世さんは全国農事会本部幹事で
ラ・フランスを日本に紹介した人であり

長兄の忠成さんは陸軍中尉、次兄の守正さんは海軍大尉で海軍兵学校71期生、
第七二一海軍航空隊桜花隊の隊長をしていたりしていました。

音楽の世界でも一族は活躍しており
ロックバンド「ジン」のヴォーカルひぃたんは姪、
作曲家の神山純一さんは姉の息子で甥にあたります。

戦争が終わり軍人の地位はなくなった状態になり
小学生のときにお父様がなくなるなどして没落した状態になりましたが
その後ご自身で人生を切り開いているというところは

いいとこのお嬢様のイメージとちょっと違う感じがしますね。

夫婦関係を見てみますと
2回結婚なさっていますが

1番目の夫となったのは当時は恵まれた環境にあった家だけあって
自身の家には下宿していた人がいらっしゃったりしたのですが

小学校6年生の時から実家に下宿していて一橋大学卒業後会社員となった
男性と女優時代に入籍しすることになりました。

しかし1966年に離婚してしまいます。

二番目の夫となったのは田村駿禮(たかのり)さんという方ですが
のち熾鴻と改名して電化製品販売会社経営から宝石商となっています。

ダイヤモンドエイトスターを販売する
株式会社グッドカンパニー代表となってますが
宝石商というとなんかやすっぽく聞こえてしまうのは
気のせいでしょうか^^

1972年におこなわれた湯川さんの大好きなエルビス・プレスリーのハワイコンサートで
知り合うことになり

なんとエルビスさんを結婚証明書の証人として1973年8月10日に結婚しました。

長く結婚生活を送っていたのですが
1993年に夫の愛人問題と隠し子が発覚して
1998年に正式に離婚しました。

お子さんは息子さんがいらっしゃるのですが
2番目の夫との間に生まれた子供であり

不妊治療を経て高齢出産で生まれることに
なりました。

息子さんは普通の仕事をしているみたいですが
父親がほかに家庭をもっていて

子供も生んでいたというのは
ショックが大きかったでしょうね。

病気や借金

湯川さんは仕事はバリバリこなしていましたが
私生活では旦那さんのこと以外にも

いろいろな問題を抱えていました。

かなり前のことになるのですが
体にC型肝炎のウイルスが発見されることになります。

当時は治療法も確立されておらず
風邪をこじらせるたびに腎孟炎になって何回か入院することになり

医師からは治りにくい病気であって
高い確率で肝硬変から肝臓癌(がん)になるということも聞いており

苦しむことになりました。

病気を気にずるのが嫌であったために
子供や仕事のことを中心に考えて暮らす日々が続きましたが
しかしアメリカに出張中に過労で倒れてしまい入院。

膵臓に腫瘍(しゅよう)があり膵臓癌を疑われて帰国し
検査を進められていましたがインドでの仕事を控えていて

現地では赤痢で40度を超える熱が一週間続くということも
あったりしました。

ただ赤痢の熱のあとに膵臓のがんもどきは退縮していたりもしましたが
精神力が病気を消し去ったということになるのでしょうか。

病気も大変な苦しみの原因ではありましたが
さらには借金30億円を背負ったという

過去まであったりしました。

これは2番目の旦那さんが会社経営をしていて
大きな金額を動かすこともおおかったために

夫の借金を背負ったのではないかと
思われます。

名家にうまれながら
病気や借金がのしかかってくるのですから

幸せなのか不幸なのか
どっちなんだと思ってしまいます。

ちなみに「第三文明」という創価学会発行の媒体で
連載を持っていたこともあり

関係者ではないかといううわさも
あったりします。

芸能界はここの会員さんも多いので
その可能性はあるかもしれません。

苦しい私生活を送っていて
何かにすがりたいと思ったことも
多々あるでしょうから

宗教に求めたかもしれませんね。

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