吉藤健太朗をwikiる!高校や大学。不登校の理由や折り紙。オリィ研究所代表

吉藤健太朗
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私が小学校、中学校に通っていたときは
学校に登校拒否で不登校の生徒がいたりして

なぜそうなったのかは
当時はあまり分からなかったりしましたが
吉藤健太朗さんというロボット研究の第一人者も
不登校を経験していたといいます。

しかしロボットおりひめによって
それを解消できるということを
考えることになったといいます。

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奈良県葛城市出身の彼は
小学5年から中学3年まで不登校に苦しむことになります。

しかしロボコンに出場して優勝することになり
このことによりものづくりの楽しさに目覚めて

奈良県立王寺工業高校に進学、
久保田憲司さんというものづくりの達人に師事して

電動車椅子の開発に朝から終電間際まで関わることになって
国内最大の科学コンテストであるJSECで文部科学大臣賞受賞、

世界最大の科学コンテストISEFでGrand Award 3rdを受賞するという
快挙を成し遂げることになります。

高校を卒業したあとは
香川県にある高専に進学することになります。

どこの学校なのかはあきらかになっていないのですが
高松工業高等専門学校とか詫間電波工業高等専門学校

といったところになるのではないかと思います。

人工知能を学んでいたのですが
ただ高専は中退してしまっていますね。

しかし早稲田大学から誘いがくるという幸運に恵まれて
早稲田大学創造理工学部に進学することができました。

大学では癒やしロボットの研究開発に携わることになり
ベンチャー企業を育成する

早稲田大学インキュベーションに所属して
株式会社オリィ研究所を作ることになります。

この研究所では対孤独用 コミュニケーションロボットを
つくっているのですが

そこには自身の不登校の経験からきている
思いなんかがありました。

不登校

不登校になったのは小学生のときに
過度なストレスで精神的肉体的に弱ることになってしまって

人前に出ることはできなくなってしまい
不登校ゆえに勉強についていけなくて

劣等感を抱いてそして成長する友人らの会話に
ついていけなくなることで

ますます人前に出られなくなるという
負のスパイラルに陥ったことが原因だったようです。

人間人より劣りたくないという
欲求がありますので

他人より遅れていると感じたことで
引きこもりが加速していったんですね。

最近は中年以上のニートが増えているとかいった
ニュースを聞いたりもしますが

こういう方々も吉藤さんとおなじような
苦しみを持つことになったのでしょう。

吉藤さんはうつがひどくなってしまい
1週間ただ天井を見上げていて

日本語も忘れてしまいそうになったといいます。

ただ彼は家にこもっているなかでも
ものづくりをすることで時間をつぶしていたこともあり

お母様に誘われたロボコンで優勝することが
できたりしました。

熱中できるもの、自分の特技が評価されたことで
人前にでることができるようになったと
いえます。

とはいっても、引きこもりの後遺症はすぐになくなるものではなかったようであり
大学時代にボランティアで子供のキャンプで
指導員を務めるなどして

人と接することができるように
自分の環境を変えていくことになりました。

ロボット開発

自身の不登校の体験が
孤独解消ロボットを開発する原動力となっていくのですが

高校時代は車いす開発をしていたこともあって
高齢者や入院患者などの孤独に苦しめられている人に接する
機会をもって相談されることもおおくなりました。

そこからロボットを開発することを
真剣に考えるようになります。

高専で人工知能を学んだのは
そういう経緯があったからなのですが

人どおしのつながりで癒しを与えたいと考えたときに
人工知能は違うなと思って

中退を選択しています。

遠くに離れているしたし人と会話などの
コミュニケーションができるロボットおりひめは

そういう考えからできました。

そういうことをするならインターネットで十分じゃないかと
思えるところもあります。

でもロボットは自分の分身として使うことが出来
身振り手振りを加えることもできるために

そのひとが本当にその場にいるという
感覚を覚えることが出来るようになっています。

動作に関しては大学時代に学んだパントマイムで身体表現を学んだことから
それを生かした形になりました。

不登校の子供がこのロボットをつかったりしたこともあったのですが
いきなり学校にいっても人と話したりするのは難しく

劣等感を感じてさらに人との接触が
いやになる可能性もあったりするかもしれません。

しかしロボットをつかえば
生身でおこなうより抵抗感もなくなり

それを続けていくことで人との接し方も覚えて
最終的には自分自身が人前にでるということも
できるようになるのでしょう。

折り紙

引きこもっていた時代に取り組んでいたのが
折り紙になります。

バラとかいったかなり高度なものも折ることができるのですが
家にこもっていた時間をつぶすことができたのが

おりがみになるんですね。

おりがみを日々おっていたことにより
空間把握能力といったものなんかを身につけることができて

ものづくりのプロになることが出来たといえます。

講演会といったものを開催したりもしているのですが
おりがみ教室も開いていて
かなり好評であるといいますね。

小学生なんかが教室にやってくることになり
そこには不登校の子供もいたりすることでしょう。

そういう子供達と接することができて
ロボット開発の参考にもなったりするでしょうから

無為な日々のなかでおりがみを折っていたことは
人生の役に立ったといえるでしょう。

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