八代亜紀の夫増田登は陶芸教室で子供は?慰問は若い頃から。

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演歌界の女性の大御所として
今でも積極的に活動していてとてもお元気な
八代亜紀さん。

若い頃の彼女は妖艶な魅力も存分に出していましたが
今現在もあまり劣化せずにその美しさを
保っておられます。

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熊本県八代市出身の彼女は本名は
橋本明代とおっしゃるんですが苗字には故郷の八代を
つけることになりました。

中学校を卒業した後は高校には進学はせずに
地元熊本のバス会社九州産業交通にバスガイドとして
勤務をすることになりました。

しかし幼いときから
父親の歌う浪曲を子守唄代わりに聞いていたこともあり
歌が大好きになってしまったこともあって
普通に働くことに疑問を持ち
親の反対を押し切って上京して銀座のクラブ歌手として
働くようになりました。

1971年には「愛は死んでも」でデビューして「全日本歌謡選手権」に出場して
10週連続勝ち抜きでグランドチャンピオンとなってその名前をとどろかすことになります。

家族

旦那さんは増田登さんという彼女よりも5歳年下の男性であり
40代となってから結婚することになりました。

益田さんは備前焼に魅せられたことにより陶芸活動を開始して
1998年に箱根、2003年に岡山に築窯するなど精力的に活動。

そして2005年からは、ミリオンアートギャラリーで講師を
つとめるようにもなりました。

ただ、陶芸家は本職ということではなくて
八代さんが所属するミリオン企画の社長というのが
一応本職になります^^

八代さんを支えてきたマネージャーであり
会社を設立したすばらしいお方ですが
歌手という芸術家と関わってきたことにより
自身も表舞台に出たいと思ったのかも
しれませんね^^

忙しい中陶芸は心を落ち着けてくれるというところなんかにも
魅力を感じたのでしょう。

2人の間には子供はいらっしゃらないようですが
八代さんは歌や絵画にいそがしく
家のことはお手伝いさんにしてもらっているくらいですので
育児まではやっていられないのでしょう。

旦那さんは八代さんは歌っているときが一番輝いているので
家のことをしないということには理解があるようであります。

少年院や女子刑務所の慰問

八代さんはコンサート活動などと平行して
慰問活動も精力的に行っています。

こういった活動は一般の人から見るとあまりいいようには思われないのですが
過去に堀江貴文さんがペペという歌手の慰問を受けて
救われたともいっているように
いろいろとあって獄中にある人にはとても救いになっているのは
理解できることであります。

前科がついてしまうとなかなか社会復帰できずに
再犯を繰り返してしまったりしてしまうのですが
精神的なケアをしていくことでそういった人を
救うことになるでしょうから八代さんの活動はすばらしいと思います。

30年以上そうしたことをしておられるそうですが
そうなるとまだ若い頃でトラック野郎のアイドルとして君臨していたときも
していたのですから驚かされるばかりです。

たぶん最初は誘われたことで行ったのでしょうが
いつの間にか生活の一部になっていったようで
慰問を通して受刑者と交流をすることに
感動しているといいます。

歌で世界を救えたら歌手冥利につきますね。

ほかにも画家として活動していて
フランスの「ル・サロン」展に5年連続入選を果たして
日本の芸能人として初の正会員になるなどしておられます。

芸能界で成功する人はほかのことでも成功するので
成功哲学をしっかりと持っているんでしょうね。

まだまだ彼女は元気にやってくれるんじゃないかと
そう考えてしまいます。

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