石井リーサ明理をwikiる!経歴や夫子供について。母幹子や父、祖父も有名人でハーフじゃない

石井リーサ明理
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イルミネーションといった光の芸術というのは
見ているものを魅了して
一時夢の世界に連れて行ってくれて
浮世のストレスなんかも忘れさせてくれる
ありがたいものになります。

石井リーサ明理さんは日本の有名な建物だけでなく
世界の照明にかかわり
ディズニーランドなみに人々を

夢の世界に連れて行ってくれています。

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画像引用:http://jp.mon-paris.info/contents/branche/interv701a.html

生年月日は1971年であり
1994年に東京芸術大学美術学部を卒業することに
なりました。

96年には東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了となりましたが
大学院に通っている間は

院のおべんきょうばかりしているのではなくて
ロサンジェルスやパリに出向いてデザインを学んだり

ニューヨークにあるハワード=プランストン&パートナーズ社で研修したりと
腕を磨いておられました。

そして1998年に
石井幹子デザイン事務所のスタッフデザイナーとなって
2003年にパリのライト・シーブル社のチーフデザイナーに、

2004年にはご自身の会社である
株式会社I..C.O.N.を設立して

フランスにもフランス法人I.C.O.N.sarl設立と
独立を果たすことになりました。

家族

石井さんのご家族は
なかなかの逸材がそろっています。

祖父の竹内悌三さん
東京帝国大学、今の東京大学を卒業しているのですが

勉強だけでなくサッカーの才能もあり
ベルリンオリンピックサッカーの日本代表に選ばれるなど

今の日本のサッカーの元を築いた人であったりします。

2006年には日本サッカー殿堂に選ばれたりもしていますが
戦争の直後にはシベリア抑留により
お亡くなりになってしまっています。

お父様の石井紫郎さんはおじいさんの勉強の部分のDNAを受け継いで
東京大学法学部卒業という学歴を持っており

在学中に司法試験第二次試験合格を果たしたり
その後は東大法学部の助教授や教授を経て

東京大学名誉教授にもなった
法制史学者の方でありました。

お母様の石井幹子さん
東京芸術大学美術学部を卒業後に

フィンランド、ドイツの照明設計事務所に勤務して
大阪万博や沖縄国際海洋博覧会などといった

有名どころの照明デザインを手がけた
大物であります。

明理さんはお母様の会社で働きながら
師事して自身の実力を
高めていくことになりました。

お母様のDNAを一番受け継いだと
いえるでしょう。

スポーツに勉強に芸術といった分野で
活躍しまくった一族の中で育ったのですから

どの分野でも大活躍できる
実力があったのだといえます。

ちなみに石井リーサ明理という名前をみる限りは
家族の中に外国人がいたのかと思いますが

それらしき方はいらっしゃいませんね。

世界で活躍するためにつけた
ニックネームになるのでしょうか。

調べてみると
セカンドネームのリーサはお母様がつけてくださったようであり
幹子さんがが照明デザインをフィンランドで学んだときに
娘のようにかわいがってくれたリーサ・ヨハンソン=パッペ女史という
照明デザイナーからお名前を頂いたようです。

明理さんがライト・シーブル社に務めることになったのは
英語とフランス語がぺらぺらであったためであり

そこにはお父様とおじい様のDNAが
存分に受け継がれているように感じます。

お母様もいくつかの言葉を
あやつれるでしょうが。

そして気になるのが
旦那さんやお子さんがいるのかというところですね。

有名人である一般人ということもあり
家族の存在がスクープされているといったところは
ありません。

結婚指輪をはめているかどうかみても
それらしきものは見られませんね。

そういうことで
結婚していない説が強いことになります。

お子さんがいたら、この家族ですから
何かの分野で超人的な才能を発揮してくれそうなんですが

まあしょうがないですね。

世界的に活躍しすぎて
家庭までは・・・

というところでしょうか。

両親がインテリアデザイナーの川上麻衣子さんについて

照明デザイナー

この照明デザイナーというものは
公共施設や民間の建物の照明に関わる人のことであり

フランスなんかですと
公共施設の建設に一人以上の照明デザイナーが必要に
なったりするみたいですね。

照明は見た目の問題だけでなくて
配線やライトを放つ熱など

いろいろなことを考慮しないと
大惨事を招くことになってしまいますので

その重要性はわれわれが思う以上に
高いものであります。

日本ではあまりききなれないこともあり
明理さんが海外によくいっているのは

日本より外のほうが
仕事がたくさんあるからであるともいえますね。

ノートルダム大聖堂といった
世界的に有名な建物の照明にも関わった彼女の作品は

細部まで本当に行き届いたものであり
日本のものみたいに明るすぎて

芸術な感じがあまりしないものとは
わけが違ったりします。

日本でももっと彼女のようなデザイナーを大事にして
活用していけば

さらに世界に誇れるものが
たくさん作れると思うのですが

そうなるのはまだまだ先になりそうです。

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