風見しんごの長女や次女、長男。娘の事故の犯人を許し・・・

風見しんご
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イケメン俳優でバラエティなんかにも出演している
風見しんごさん
デビューしてからずっとレギュラーを持っているという

芸能界の勝ち組というイメージがあるのですが
私生活を見ると家族を嫌な形で失ったりと
苦労が多いですね。

家族構成はどのようなことになっているのか
見ていきたいと思います。

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画像引用:http://www.asahi.com/articles/ASJ153V90J15UTIL00R.html

家族

風見さんは1994年に結婚することになりますが
奥様になったのは荒井晶子さん(本名:大下尚子)というもともとはタレントをしていた
女性になります。

ミス日本に1987年に選ばれたこともあり
CDを出していたり釣りバカ日誌5に出演していたりしていました。

1996年には長女の「えみる」さんが誕生し
2003年には次女が生まれていますね。

お子さんにも恵まれて仕事も充実し
幸せな家庭を築いていたのですが
悲劇は突然に起こります。

2007年1月17日のことですが自宅からわずか100mというところで
信号が青になったときに横断歩道を渡ったえみるさんが
2トントラックにはねられてしまいます。

東京都世田谷区でそれはおこり
近所の人からの知らせで風見さんは現場に向かうことになるのですが

そのときはえみるさんのうえにトラックが乗っているという
悲惨な状況でした。

ご近所さんの協力により
10人以上で車を持ち上げて
えみるさんは病院に救急搬送されることになりました。

風見さんや奥様など親族が見守る中で
一時心臓が動くことになるのですが
再び心肺停止となりそのままお亡くなりになります。

わずか10歳で小学5年生ですから
あまりにもはやすぎます。

このときの犯人は23歳で判決が出たときは
禁固2年(求刑禁固3年)の実刑だったそうですが
弁護側は不服として控訴していたりします。

なんか反省していないように見えてしまいますが
風見さんは犯人に対してあれこれいうことはありませんでした。

えみるさんは喧嘩が嫌いで平和主義者だったこともあり
それを汲んでうらまないようにしていたんですね。

もし生きておられたら
2016年で20歳となっており
成人することになったのに、本当に残念です。

のちに風見さんは交通事故の被害者を亡くすために
講演会などあらゆる活動をしていくことになりますが
そのときには交通事故の本当の悲惨さを訴えています。

一瞬にして普通の生活や夢が壊される

えみるさんが亡くなった後は家庭が暗い雰囲気にのまれることになり
風見さんは毎日1日中長女のことを考えて悲しくなり
奥様や次女に対して関心を寄せることができなくなり

そうこうしているうちに
奥様は病気で倒れて次女は奇行に走ってしまいます。

次女はお姉さんの名前を名乗るようになったりしたのですが
自分のせいでお姉さんが帰ってこなくなったと
思い込んだようですね。

3歳のときに姉を失うことになり
現実をしっかりと受け止めることができなかったのでしょう。

小さいなりにいろいろと考えたのでしょうね。

さらにとんでもないことが起こりました。

事故から1年後くらいに奥様が長男を身ごもることになったのですが
おなかの中にいるときに
ダウン症と診断されてしまいます。

金澤翔子さんはダウン症も書家として大成!

妊娠8ヶ月目で心肺停止となり
通常分娩で出産しましたが死産となりました。

こころ」という名前もつけていたのに
短期間で2人の子供を失ったのは
精神的にもかなりきついでしょう。

しかし長男がわずかな間この世にいたことで
家族は次の一歩を踏み出せるようになったと
風見さんはおっしゃっています。

風見さん、奥様と次女3人は
苦しみから解放されたとは決していえないのですが

そんななかでもできることをしっかりとしていくようになり
今あるものを大切にしながら
前を向いて着実に進んでいます。

われわれは風見さん一家に対してできることは特にありませんが
ここから学んでいくことで
少しは風見さんの役に立てるのではないかとそう思います。

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