門倉有希の失踪理由は監禁だった!紅白出場歌手の苦悩!

門倉有希

華やかに見える芸能界にあこがれる人は多数いますが
いざ入ってみるとそれまで見えなかった現実に直面して
精神を病んでしまったり
逃げ出したりしてしまう人がいたりもします。

門倉有希さんはデビューして間もない頃に
突然姿を消して失踪したといわれていましたが
その理由が驚くべきものでした。

生年月日は1973年12月1日であり
出身地は福島県須賀川市となっています。

出身高校は学校法人石川高等学校、
学法石川という名前が通称となっています。

県立石川高校というところもありますので
そこと区別しているんですね。

今では福島県は聖光学院が夏の甲子園常連となっていますが
学法石川も野球の強豪チームであり
彼女は野球部マネージャーとして
甲子園出場を果たしています。

今とは違ってマネージャーはベンチ入りは出来なかったみたいで
そのあたりは残念だったと思います。

マネージャーとしても活動していたのですが
この頃にはすでに歌手を目指していて
酒屋であった実家の地下の酒蔵で
歌の練習に励んでいたといいます。

14歳のときは年齢をごまかしてオーディションを受けたりもしたそうですが
ばれて失格となったそうです。

その後高校2年生のときに日本コロンビア主催の
オーディションを受けて落選するも
練習生としてレッスンに励むことになりました。

高校卒業後は
下積み生活を送ることになり

全国各地で営業をしながら
デビューの機会をうかがうことになります。

一人の人間相手にマイクなしで歌ったりして
この頃はかなりきつかったとおっしゃっていたりもしますね。

しかしその甲斐もあって
1994年に「鴎・・・カモメ」でデビューを果たして

1996年には第六回NHK新人歌謡コンテストで「女の漁歌」でグランプリ受賞。
その年の第47回NHK紅白歌合戦に出場を果たすことになります。

1998年8枚目のシングル「ノラ」が80万枚を超えるロングヒットとなり
彼女はデビューしてから短期間で
どんどん出世していくことになりましたが
その裏ではとんでもないことがありました。

失踪

デビューしてまだ日もたっていないころに
男と逃避行をしていたということを
週刊誌に取り上げられることになってしまいました。

高橋惠子さんは失踪から見事に復帰!

芸能人で他にも失踪事件を起こしたりした人は何人かいるのですが
それだけ過酷な世界だということでしょう。

下積みも大変だったのですが
デビューしてからもあちこちに営業に周り
劣悪な環境で歌ったりもして
理想と現実のギャップには相当苦しまれたかと思います。

当たり前といえばそうなのですが
実際に体験するとそれは想像以上だったでしょう。

そんなころにその相手の男性はやってくることになります。

失踪事件だと一般的には思われることになったのですが
実は監禁同然の状態だったといいます。

当時は洗脳されていたも同然だとも
言われていますね。

心が弱っているときに言葉巧みに言いくるめられて
若かった彼女はかんぜんにやられてしまったのでしょう。

監禁生活から開放されても
すぐに復帰することはできずに
実家に引きこもっていた状態でした。

親とも話が出来ないほど憔悴してしまっていて
復帰は絶望的だとも思われていましたが

事務所の社長が持ってきたファンからの手紙によって
復帰を決意することになりました。

今では歌手としても認められた存在の彼女ですが
完全な復帰には4年ほど時間がかかったといいますね。

現在ですとネットが発達して
失踪なんて報道されたら
精神が壊れるまで叩かれてしまう可能性もあるでしょうが

報道を鵜呑みにすると真実を知らないまま
悪感情を持ってしまいかねませんので
気をつけたいところです。

もし彼女が潰れていたら
すばらしい才能を世に出すことができずに
終わっていたのですから恐ろしいです。

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