戦闘竜は今現在嫁の実家の義父の会社で勤務。ハーフだった

戦闘竜
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総合格闘技や大相撲で活動していた
戦闘竜さんは今では格闘技を引退して
普通のお仕事をなさっています。

どういったお仕事なのかどうか
気になるところです。

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米国本土出身として初の幕内力士になったとして
話題になった戦闘竜扁利さんは実はお母様は日本人であり

6歳まで日本で過ごしていました。

日本語は相撲部屋に入門して
覚えたといいますので
忘れてしまったのでしょう。

お父様は横田基地に所属した
米軍のコンピューター技術師であったこともあり

横田基地の中で育つことになります。

本名はヘンリー・アームストロング・ミラーといい、
なんとも強そうな名前です。

1975年にアメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスに引っ越して
高校卒業までアメリカで過ごすことになりますが

卒業を機に
親戚に勧誘されることになって来日することになります。

大相撲友綱部屋に入門し
四股名は、すんでいたセントルイスにちなんで
戦闘竜」となりました。

まさかこの名前がセントルイスからきているとは
驚きましたね。

1988年7月場所で初土俵となりますが
なかなか入幕することができずに長く下積み生活を続け

12年かけて2000年7月場所で新入幕を果たすことになりました。

しかし怪我などもあり幕内に定着するということができずに
2003年11月に現役引退となります。

翌年にはプロ格闘家に転向することになり
PRIDE参戦を果たして勝利を収めることもありましたが

2013年8月25日には総合格闘技も引退しています。

家族

奥様は当時の名前で高岡万貴さん

アメリカの短大を卒業して
CAとなった後は実家の会社を経営することになりました。

2001年に2人は結婚することになりますが
馴れ初めは

戦闘竜さんが98年に右ひざの軟骨除去手術をおこなうために
都内の病院で10日間入院することになったのですが

同じ病室に万貴さんの知人が入院していて
そこから話すようになって交際に発展しました。

1999年の大みそかの日付が変わる時に
立川市内のホテルで

「結婚はすぐにはできないけど、必ずオレとしてくれ」と
プロポーズをして
無事にOKをもらうことになります。

新入幕の名古屋場所で勝ち越したこともあって
婚約にこぎつけることになりました。

2人の間にはお子さんは
残念ながら?生まれてはいません。

今現在戦闘竜さんは奥様と同じ会社で働いており
奥様が社長、義理のお父様が会長、
そして戦闘竜さんがプロダクトマネジャーという
立場にいます。

この会社は義父が設立したものであり
「ライム」という名前で

貴金属を収納するジュエリーボックスやアクセサリーケースを
製造販売しています。

小阪有花さんは保育園を経営していた

戦闘竜さんが担当しているのは
デパートといったところで商品を陳列したときに
より美しく見えるようにするといったものに
なるみたいです。

これまでは自分を強く見せたりすることをしていたので
ある意味天職といえるような感じがします^^

最近ではタイの工業団地にある自社工場の運営も
するようになり

2ヶ月に1度はタイ工場を訪問して
仕事をチェックしたり

トラブルを解決したりといったことを
しています。

タイ語も少しづつ覚えているようですが
自身も相撲部屋で日本語をすこしづつ覚えていったこともあり
しらない国にいくことは

それほど抵抗はなかったようです。

今はライムの仕事メインでやっていますが
格闘家現役のときは

ライムの仕事をしたあとに
トレーニングをしていたらしいです。

それだけハードなスケジュールをこなしていた経験がありますから
これからはライムの発展に

おおいに貢献ができると思います。

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