葛和伸元元監督がうどん店でアルバイト!場所は?竹下佳江との絆

葛和伸元
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「ニッポンの怒る人」に過去に選ばれたことのある熱血鬼監督として知られていた
元女子バレーボール監督の葛和伸元さん

今現在は宮城県仙台市にある女子バレーボールクラブチームの監督をしておられますが
それと平行してアルバイトをしていたりもしています。

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画像引用:http://yuhiya1627.com/%E5%85%83%E5%A5%B3%E5%AD%90%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%BC%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E8%91%9B%E5%92%8C%E4%BC%B8%E5%85%83%EF%BC%88%E3%81%8F%E3%81%9A%E3%82%8F%E3%81%AE%E3%81%B6%E3%81%A1%E3%81%8B%EF%BC%89%E3%81%AE-1673

アルバイト先

葛和がアルバイトをしているのは
さぬき麺屋」といううどんのチェーン店。

「はなまるうどん」の系列店になりますね。

「さぬき麺屋 仙台泉直売所」
住所:宮城県仙台市泉区泉中央1-5-1 アリオ仙台泉フードコート
アクセス:仙台市営南北線 泉中央駅「さぬき麺屋 仙台泉直売所」

プレミアリーグ所属のチームでなく
V・チャレンジリーグIの監督をしているから
給料が少なく
アルバイトをしないと生活できないというようなことではなく
好きでやっているといいますね。

ここの選手たちはスポンサー先を中心に勤務して
仕事が終わった後に練習ということになるのですが
葛和さんはそういう方向には進まずに

時間がある午前中はひまだからバイトでもしようと考えることに
なりました。

どうしてもうどん屋がしたいということではなくて
ツアーバスの添乗員やお好み焼き店、コーヒーチェーン店といった
いろんなところに応募したのですが高齢ということもあり

バイト採用すらままならない状態でしたが
さぬき麺屋が唯一彼を採用してくれる場所になりました。

週1日で午前10時から3時間程度の勤務になり
時給750円のために1日2000円程度の収入になっているようです。

彼の怒っている姿はシドニーオリンピック最終予選前には
よくテレビに映っていたりしましたが
ここでアルバイトしたばかりのころは
20歳くらいの学生アルバイトに逆に怒られながら仕事をしていたようです。

学生の頃からバレーボールのスター選手であり
引退後も指導者として有能だった彼は
普通の仕事、アルバイトといったことをまともにやる時間は
ありませんでした。

バレーボールという狭い世界でずっと生きていた彼は
別の世界も見てみたいと思って
アルバイトをすることになり

多くの自分とは違う世界で生きている人と働くことで
別の世界をみることができるようになったといいます。

こういう経験を経て全日本の監督になっていたら
また違った指導をしていたかもしれませんね。

竹下佳江との絆

竹下佳江さんといえば全日本女子バレーボールチームに長く在籍して
ロンドンオリンピックでは銅メダルを獲得することにも貢献した
名セッターとなります。

ただ、彼女は身長が159cmと小さくて
高校時代から活躍していた身でありながら

プレミアリーグから声はかからずに
バレーを断念する寸前まで言ってしまいました。

そんなときに
当時NECレッドロケッツの監督をしていた葛和伸元さんが
自分のチームに竹内さんをスカウトしたのでした。

竹下さんは高校時代に世界ユース選手権に出場し優勝したことがありましたが
その練習の時にはNECレッドロケッツの前でプレーすることもあり
葛和さんは彼女をみてセッターの技術力の高さを認めていました。

後に葛和さんは全日本の監督に選ばれることになりますが
低迷していた女子バレーの意向もあって
大型化を推進することになり

NECレッドロケッツ所属であった大貫美奈子選手をアタッカーからセッターにして
竹下さんは試合出場機会を減らすことになりました。

自分がスカウトした竹下さんを使わないのは葛和さんにとっても
いろいろと思うことがありましたが

しかしその手法もなかなかうまくいかずに
再び竹下さんをセッターとしてつかったら
チームは得点力が上がり負けなしの完全優勝をはたすことになります。

そういうこともあって
2000年シドニーオリンピック世界最終予選の3ヶ月前に
竹下さんを正セッターで使うことを決意します。

関係者からは猛反対されることになりますが
結局断行し予選に望みます。

3連勝してオリンピック出場が見えたかとおもいきや
その後連敗し後がなくなったクロアチア戦でもフルセットの末に敗れて
東京オリンピック以来続いていた出場を逃して
葛和さんは責任をとって辞任に。

ここで悲惨だったのは戦犯として竹下さんがマスコミなどから
猛バッシングされたことでした。

竹下さんは追い詰められて24歳という若さで
現役を引退。

そのことを伝えられた葛和監督は
自分が引き起こしたこともあって
引き止めることもできずに終わります。

後に竹下さんはV1リーグというプレミアリーグの下部組織に所属していた
JTマーヴェラスで現役復帰し

チームを昇格させるという快挙を成し遂げて
そして全日本代表にも復帰。

2012年ロンドンオリンピックではシドニー予選を経験した唯一の選手として
試合に臨み、見事に銅メダルを獲得することになりました。

NEC監督を退いていた葛和さんはそれをみて
感動していたといいますね。

自分が引っ張ってきて、屈辱を味あわせてしまった竹下さんが
メダルを獲得した姿をみて
安心したとかいった感情があったのかもしれません。

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