小池真理子の夫は藤田宜永。父はパーキンソン病難病で介護に。母親は?

小池真理子
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小説家としてその地位を不動のものにしていて
山本周五郎賞、島清恋愛文学賞、松本清張賞、小説推理新人賞といった
有名な文学賞を受賞。

そして夫とともに直木賞作家という小池真理子さん

輝かしい道を歩いているかとおもいきや
その裏では両親を介護したりと
厳しい生活をしていたりしました。

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家族

旦那さんは藤田宜永さんという方であり
入江香という別名義を持っていたりします。

犯罪小説や冒険小説から推理小説、恋愛小説を
書くようになりました。

小池さんが人の生死や老いといったものを書いていますが
毛色が違いますね。

旦那さんは2001年に「愛の領分」で直木賞を
受賞することになります。

ちなみに小池さんは1995年に「恋」で
受賞することになりました。

2人が結婚したのは1984年になります。
このころは2人とも小説を書いてはいたのですが
大きな賞をもらったということはなかったときです。

何もなかったとはいえませんがそれに近いときに夫婦になって
切磋琢磨することで直木賞を夫婦で受賞するという
快挙を成し遂げることにあんったのでしょう。

1990年に2人で長野県軽井沢に在住して
そこですばらしい小説を書いていますが
田舎暮らしをすることで余計な声や邪魔が
届かないようにしたのでしょう。

小池さんのお父様は小池清泰さんという
エリートともいえる方であり
帝国大学を卒業したあとに昭和石油に勤務をしていました。

出光加奈子さんは実家が出光興産といううわさが・・・

仕事の傍らロシア文学、ドイツ文学といったものを読んでいて
そのために実家には多数の書物があったといいます。

さらには朝日歌壇へ投稿をしていたということも
ありました。

最初はお父様の影響を受けたというよりは少女マンガの影響を受けて
自分で話を考えて漫画を描くようになるのですが
「赤毛のアン」を読んで感動することになり中学校に入ったあたりからは
お父様の本を多数読むようになります。

といってもお父様にまだ早いと怒られたりもしたようですが。

高校時代は学生運動に参加したりしながらも
散文や詩を書くというような文学少女となり
成蹊大学文学部英米文学科に入学して東京都吉祥寺で暮らすようになってから
本格的に小説を書くようになります。

大学卒業後は出版社に就職して編集者になり
1977年に退社するまで仕事と小説を両立していました。

お父様はサラリーマンであったために転勤も多く
そのため小池さん自身もあちこちを転々とする生活をおくり
そういうところもものを書くという動機を作ることに
なったのかもしれませんね。

ただ50代となったときには
波乱の人生を送ることになります。

長野県軽井沢町の自宅が全焼したことは話題になりましたが
父親がパーキンソン病にかかってしまってほとんど動けずに
介護をしながら仕事をしなければならなくなりました。

お母様の増子さんも体が弱ることになり
両親をW介護していたのですから
生活はかなり大変だったと思います。

お父様は病気が悪化していき
最後のほうは意思疎通も出来ないくらいの状況になってしまい
2009年3月に他界してしまうことに。

お母様も2013年8月に他界。

両親を相次いで亡くしてしまうことになりますが
そうしたところから人の生死を見つめるようになり
ご自身の作品にもそれが出るようになりました。

小説家になったことも作風を決めたことも
親の影響があったというところですね。

今では旦那さんと還暦後の生活を送ってしますが
そういうところも小説に反映されていくのでしょう。

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